災害

【最新版】世界の巨大地震7選

1900年以降に発生した、巨大地震を7つランキング形式で紹介します。

1900年以前の地震の規模は推計値であり、1900年以降の地震とは単純比較ができないため、本ランキングからは除外しています。

地震規模の比較はマグネチュード(Mw:モーメントマグネチュード:中規模以上の地震の規模を表す指標)によります。

第1位 チリ地震(1960年)

【マグニチュード9.5★★★★★

現地時間1960年5月22日15時11分頃、チリ中部の都市バルディビア近海で発生した超巨大地震です。バルディビア地震とも呼ばれています。

観測史上世界最大の地震で、歴史地震を含めても最大級といわれています。

1,000km・幅200kmの領域を震源域として発生しました。

地震後、日本を含めた環太平洋全域に津波が襲来し、大きな被害が発生しました。

過去に発生した地震

同じ地域で過去に1575年、1737年、1837年の巨大地震が発生していました。

地震の発生間隔はおよそ300年程度とされています。

チリ中南部沿岸のマウジン川河口周辺の湿地において、紀元前80 - 西暦220年頃、西暦430 - 660年頃、西暦990 - 1190年頃、西暦1220 - 1400年頃、西暦1575年および西暦1960年の津波堆積物が発見されています。

参考1960年チリ地震震源域でくり返し生じた過去の巨大地震、歴史地震、第21号(2006) 87-91頁

地震による被害

震源に近いチリでは、激しい揺れと津波で1743人が死亡するなど甚大な被害となりました。

地震発生から15分後には、約18mの津波が近くのチリ沿岸部を襲いました。

津波は、約15時間後にはハワイに到達し、ハワイのヒロ湾では最大10.5mの津波を観測しました。

津波の第一波の到達約1時間後に最大津波が襲い、61人の死者を出しました。

死者・行方不明者142名、負傷者855名、建物被害は46,000棟のほか、堤防、道路、橋梁などのインフラが損壊しました。

日本では「チリ地震津波」と呼ばれています。

とくに東北のリアス式海岸の街で被害が顕著でした。地震発生後22時間後、最大で6.1mの津波が三陸沿岸に襲いました。

第2位 アラスカ地震(1964年)

【マグニチュード9.2★★★★☆

現地時間1964年3月27日3時36分頃、アメリカ合衆国アラスカ州アンカレッジの南東120㎞で発生した巨大地震です。

アメリカ観測史上で最も大きな地震となりました。聖金曜日地震(The Good Friday Earthquake)とも呼ばれています。

長さ約850㎞にわたって断層が破壊されました。いくつかの津波も発生し、多くの死者を出してしまいました。地表は最大で11.5m隆起しました。

過去に発生した地震

西暦900年頃と、西暦1500年頃と発生したとされる巨大地震は、確認される堆積物の分布から1964年の地震よりも、やや大きいとされます。

地震による被害

この地震で131人が死亡しましたが、うち106人は津波で亡くなりました。

地震発生から3時間18分後、1.4mの津波がカナダの都市プリンスルパートを襲いました。

次にバンクーバー島の西岸の街を襲い、375棟の家屋に被害を与え、55棟を押し流しました。

アメリカ西岸でも被害を受けました。カルフォルニア州クレセントシティでは12名が亡くなっています。

日本での被害

日本では負傷者はでませんでした。大船渡で0.9mの津波が観測されたほか、志摩半島ではカキ養殖の筏(いかだ)が流されました。

第3位 スマトラ島北部西方沖地震(2004年)

【マグニチュード9.1★★★☆☆

現地時間2004年12月26日7時58分頃、スマトラ島北西沖のインド洋、スンダ海溝で発生した巨大地震です。

スマトラ島沖地震とも呼びます。

地震観測網が整備された後に発生した、最大の地震だあったため、この地震について盛んに研究が行われました。

長さ1,000~1600km、幅160~240㎞の領域を震源域として発生したと言われています。

地震後、大津波が発生し、インド洋沿岸の東南アジア全域、遠くは南アフリカなどでも被害がでました。

この地震が発生した後も、スマトラ島周辺では大きな地震が続きました。

過去に発生した地震

津波の痕跡から、過去数千年で複数回、大規模な地震が発生したとみられています。

2004年と同規模の津波は、西暦1300~1400年頃、紀元前200~400年頃に発生したと推定され、少なくとも千年に1回程度は発生しているようです。

また、インドの文献には西暦900年に大津波が襲った記録があり、考古学的にも同年代に大津波があったことを示しています。

地震による被害

地震による被害は、1896年の明治三陸地震(死者約22,000人)、1883年インドネシア・クラカタウ島噴火(死者36,417人)をはるかに上回りました。

死者・行方不明者227,898人(アメリカ地質調査所による)、被災者は500万人以上でしたが、なかでも津波被害が顕著でした。

平均で高さ10メートルに達する津波が数回、インド洋沿岸に押し寄せました。

地形によっては34メートルに達した場所もあったようです。インド洋沿岸諸国などへ、ジェット機並みのスピード(時速約700キロ)で津波が押し寄せたとみられます。

一方で、震源の東側となったタイ、マレーシアなどでは、比較的遅いスピードで津波が押し寄せました。

特に、観光地で有名なタイのプーケットに津波が到達したのは、地震発生から2時間30分後でした。

津波はアフリカ大陸東岸のソマリア、ケニア、タンザニアにも到達し、ソマリアで100人以上の死者が発生しました。

また南極大陸の昭和基地でも半日後に73センチの津波を観測したほか、アメリカ合衆国の西海岸、南アメリカ大陸でも数十㎝の津波を記録しました。

日本での津波被害

日本での津波被害はありませんでした。現地で、日本人観光客37名が津波に巻き込まれ死亡、7名が行方不明となっています。

第4位 東北地方太平洋沖地震(東日本大震災 2011年)

【マグニチュード9.0★★☆☆☆

2011年(平成23年)3月11日14時46分頃、宮城県牡鹿半島の東南東沖130kmを震源とする東北地方太平洋沖地震が発生しました。

地震の規模はM9.0で、日本における観測史上最大の地震でした。

日本で震度7が記録されたのは、1995年の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)、2004年の新潟県中越地震以来、観測史上3回目となります。

岩手県沖から茨城県沖までの南北約500 km、東西約200 kmのおよそ10万km2)に及ぶ、広大な震源域でをもつ巨大地震でした。

地震後、大津波が発生し、東北地方、関東地方太平洋沿岸部に壊滅的な被害をもたらしました。日本のおいて、第二次世界大戦後、最悪な自然災害となりました。

過去に発生した地震

記録に残る最古の地震として、869年に同地域で発生した貞観(じょうがん)地震が注目されました。

陸奥国(むつこく;現在の東北地方)で大地震が発生し、巨大な津波が押し寄せたことが記録されています。

仙台平野の地質調査によって、紀元前390年頃、西暦430年頃、貞観津波、西暦1500年頃の津波堆積物が見いだされています。

貞観地震(869年)、慶長三陸地震(1611年)がM9クラスの地震とすれば、東日本大震災クラスの地震は400~600年の周期を持つ可能性があります。

地震による被害

アメリカハワイ島コナで3.7m、ロシアオホーツク海沿岸で3.3m、フランス領ポリネシアマルキーズ諸島で3.0mを観測しました。地球の裏側であるチリにも津波が到着しました。

アメリカ西海岸、ハワイでは船舶が転覆するなどの被害がでました。インドネシアパプア州では1.5mを津波を超える津波を観測し、数名の死傷者がでました。

日本での被害

死者・行方不明者は12都道県でみられ、死者1万5,883人,行方不明者2,676人(平成25年5月10日警察庁発表)という極めて深刻な被害をもたらしました。

死者の死因を見ると約9割が溺死で、津波による被害が大きいことを示しています。

津波、液状化、建造物倒壊など、東北の岩手県、宮城県、福島県の3県、関東の茨城県、千葉県の2県を中心とした被害は大きく、この地震による死者・行方不明者計約1万8,500人の大半は東北の3県でした。

マグニチュード9.0という我が国の観測史上最大の地震であり,世界でも1900年以降4番目の巨大地震でした。

さらに、日本各地で大きな津波が発生し、原子力発電施設の事故が重なるという、未曽有の複合的な大災害でした。

住宅全壊は9都県で発生し、その数約13万棟、半壊は12都道県で発生し、その数約27万棟(平成25年5月10日警察庁発表)となる大きな被害が発生しました。

津波による被害は大きく、岩手県・宮城県・福島県の3県では、海岸沿いの集落が軒並み水没したのをはじめ、仙台平野などの平野部では海岸線から数km内陸にわたる広範囲が水没、津波により河川が逆流し、沿岸では内陸まで水没しました。

津波は、最大で海岸から6 km内陸まで浸水、岩手県三陸南部、宮城県、福島県浜通り北部では津波の高さが8 ~ 9 mに達し、明治三陸地震(1896年)の津波を上回る最大高40.1 m(岩手県大船渡市)を記録されています。

陸に押し寄せた高い津波は、各地で防潮堤や堤防を乗り越え、建築物や構造物を破壊し、それらが瓦礫となって車などと一緒にさらに内陸まで侵入しました。

その後、引き波となって瓦礫を海まで引きずり出した後、後続の波によって再び内陸へという形で繰り返し沿岸を襲いました。

さらに、発電施設被害による大規模停電や一連の震災により、日本全国および世界に経済的な二次被害がもたらされました。

地震と津波を要因とする福島第一原子力発電所事故が発生し、10万人を超える被災者が屋内退避や警戒区域外への避難を余儀なくされました。

警戒区域外でも、放射性物質漏れによる汚染が起きているほか、日本の原子力発電所の再稼働問題、電力危機なども発生しました。

第4位 カムチャッカ地震(1952年)

【マグニチュード9.0★★☆☆☆

現地時間1952年11月4日3時58分頃、カムチャッカ半島沖の千島海溝沖で発生した地震でM9.0の巨大地震です。

余震域を含めた震源域は千島列島の沖合からカムチャツカ半島の沖合にかけての約600kmに及びました。

この地震によって発生した津波が太平洋沿岸の広範囲に到達しました。旧ソビエト連邦(現・ロシア)観測史上最大の地震でした。

過去に発生した地震

カムチャッカ沖では1737年にも、M9.0~9.3と推定される地震が発生しています。

7000年間に50個の大津波の痕跡が残っているようです。

出典: Quaternary Research, 59, 36-47

地震による被害

カムチャッカ半島沿岸、クリール諸島周辺では壊滅的な被害をもたらしました。

15~18m規模の津波が3度にわたり発生し、カムチャツカ地方から千島列島にかけての沿岸を襲来しました。

震源に近い千島列島では、津波はところによって10mを超え、約3000km離れたハワイ諸島西端のミッドウェイ島にも襲い、家畜被害がでました。

南半球のニュージーランド沿岸でも高さ1mの津波が観測されました。

北千島の中心地セベロクリリスクでは、最初の津波で高台に避難していた住民が戻ってきたところに、二度目の津波に巻き込まれ、公式統計によると2336人が死亡しました。

それ以外にも電話などの通信の不通などの被害をもたらしました。

日本での被害

日本国内では、岩手県や宮城県の沿岸を最大3m程度の津波が襲い、三陸沿岸で漁業施設に被害がありました。

第6位 チリ地震(2010年)

【マグニチュード8.8★☆☆☆☆

現地夏時間6時34分頃に発生した大地震です。

地震の規模は、1900年以降、チリでは1960年5月のチリ地震に次ぐ規模、世界でも発生当時では5番目の規模の地震となりました。

震源域は450~500㎞とされ、1960年に発生したチリ地震の約半分の規模でした。

 

過去に発生した地震

この地域では、1960年チリ地震(M9.5)をはじめ、M8を超えるような巨大地震が繰り返し発生しています。

同じ地域で過去に1575年、1737年、1837年の巨大地震が発生していました。地震の発生間隔はおよそ300年程度とされています。

チリ中南部沿岸のマウジン川河口周辺の湿地において、紀元前80 - 西暦220年頃、西暦430 - 660年頃、西暦990 - 1190年頃、西暦1220 - 1400年頃、西暦1575年および西暦1960年の津波堆積物が発見されています。

参考1960年チリ地震震源域でくり返し生じた過去の巨大地震、歴史地震、第21号(2006) 87-91頁

地震による被害

地震発生の19分後にチリ中央部の南部の港湾都市、タルカワノに2mを超える津波が到達、地震の死者の大半である500人以上が犠牲になったと見られています。

なお、のちに30mを超える津波が来襲したかもしれないことが指摘されています。

ハワイで2mに近い津波が観測されたものの、被害はほとんどありませんでした。

日本での被害

日本国内では、岩手県で最も高い1.2~1.3m以下の津波を観測しました。人的被害はありませんででしたが、養殖施設や網が流されたり、道路浸水の被害が出ました。

第6位 エクアドル沖地震(1906年)

【マグニチュード8.8 ★☆☆☆☆

1906年2月1日に発生したM8.8の地震では、死者1,000人の被害がありました。

地震によりコロンビアのトゥマコでは、5mの津波を観測ししました。

日本沿岸の太平洋側でも津波を観測しており、和歌山県串本で、48cmの津波を観測しました(津波の高さは全振幅)。

過去に発生した地震

1945年5月14日に起きたM7.8の地震、1987年のM7.2の地震、2016年のM7.8とM7を超える地震が繰り返し発生しました。

地震による被害

エクアドルとコロンビアの沿岸部で1906年1月に起きたM8.8の地震では、津波が発生して500~1500人が死亡しました。

まとめ

巨大地震は同じようなところで、繰り返し発生します。そして巨大地震の後には、必ず津波がやってきます。

天災は忘れたころにやってくる」、この言葉を、改めて肝に銘じたいですね。


なお、本記事を作成するにあたり以下の資料を参考にしました。

参考資料

アメリカ地質調査所(USGS)資料

内閣府防災白書(平成7年度版~令和2年度版)

-災害
-

© 2022 らくだぶ